技術社会システム専攻

高橋 信 教授Takahashi Makoto

ソーシャルシステムデザイン講座 社会技術システム分野

1986年東北大学工学部原子核工学科卒業、1991年東北大学工学研究科原子工学専攻博士課程修了。工学博士。1992年京都大学原子エネルギー研究所助手、1996年東北大学大学院工学研究科 量子エネルギー工学専攻助手、2000年同准教授。2002年4月東北大学大学院 工学研究科技術社会システム専攻准教授、2012年8月同教授。大規模システムの安全、ヒューマンインタフェース設計と評価、航空システムのヒューマンファクター、脳機能イメージングの工学応用に関する研究に従事している。

人間とAIは、同じ未来の夢をみるのか。

記事のあらまし

記事のあらまし

  • 高度に発達したテクノロジーに支えられる社会・暮らしにおいて、避けては通れない“人間と技術との協働・共生”。高橋教授は、特に安全に直結する大規模かつ複雑なシステムにおいて、事故やトラブルを未然に防ぐための工学的アプローチを研究している。
  • 最近話題のクルマの自動運転。近い将来の実現を目指すレベルにおいては、緊急時などにシステムから手動運転の要請があった場合、ドライバーは速やかに操作を担わなければならない。自動運転に任せて安心しているなか、突然、困難な状況への対応を迫られることになり、ミスやエラーが懸念される。
  • 人間が備える優れた知性や経験知は、予期しない複雑な出来事に際して、弾力的かつ先見性のある優れた判断をすることができる。過去のデータの統計的な分析をベースに人間の知能の実現を目指すAIでは、まだまだ到達しえない域である。

「人間は時にミスをする」研究の根底に流れるリアルでクールな理解。

「人間は時にミスをする」研究の根底に流れるリアルでクールな理解。

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それは作者やクリエイターの想像/創造力を掻き立ててやまないテーマなのだろう。古くはカレル・チャペック(チェコスロバキア:当時)による戯曲『R.U.R.(ロッサム万能ロボット商会)、1920年』(ロボットという言葉の初出)、時代が下がり『2001年宇宙の旅』(SF映画、スタンリー・キューブリック監督・脚本、1968年)、日本では誰もが知る『鉄腕アトム』(手塚治虫作、1952-1968年)等々、高度な知的機能を持つ自律ロボット・人工知能と人間との友情、敵対、相克は、数多くのフィクションの世界を賑わせてきた。

現代の工学研究などの所産であるテクノロジーは、人間との関係性の中でこそ、その優れた機能や役割を果たし得る。つまり技術は正しく使ってこそ、真価を発揮する。私たちは最新技術が登載されたマシンやシステムを使いこなすことにより、利便性や快適性を享受できる。“直観的な操作性が売り”のスマートデバイスに対しても、最低限のICTリテラシーは必要だろう。一方で、人命や社会の安全・安定性に直結するマシンやシステムの場合はどうだろう。「機械による支援」と「人間の判断・オペレーション」といった本来図られるべきバランス・均衡が崩れた時、不幸な事故や重大インシデントを呼び寄せかねない。

痛ましい例を引く。2009年6月1日、エールフランス447便が大西洋上に墜落した。この事故では、対気速度計(ピトー管)が凍結で作動せず、自動操縦が解除され、突然すべての権限がパイロットたちに委ねられた。しかし、彼らは速度計が信頼できない場合の初歩的な操縦手順を適用しなかったとされる。フライトレコーダーを解析した報告書では、警報が連続で鳴動していたにもかかわらず、何が起こったか正確には把握できていなかったことも示唆されている。状況を認識する能力を著しく欠いた操縦士が、パニックに陥ったことは想像に難くない。

発電プラント、航空機、航空管制といった大規模かつ重要なシステムの安全な運用に向けたマンマシンインターフェース/インタラクション技術、マニュアル開発、人的事故を未然に防ぐための工学的アプローチを研究しているのが高橋信教授だ。「ひとたび機械やシステムに関係する事故が起きたり問題が持ち上がったりすると、責任の所在が厳しく追及されます。それは原因を明らかにして再発を防ぐためにも必要なことではあるのですが、すべてを人間の所業であると断じてよいのかという疑問があります。例えばエラーを起こしやすい環境だった、人間のパフォーマンスを低下させる要因が(機械側に)あった、はからずも偶発的な出来事が重なった、という可能性もあるわけです」。

近年、AI技術の台頭によりますます重要度を増す“人間と機械の協働”。高橋教授が前提とするのが、「人間は理性を備えた存在であるが、感情にとらわれることもあるし、どんなに注意をしていても時にミスをする」というリアルでクールな理解だ。

高橋 信 教授

高度に発達したハードウェア、ユーザー双方をシステムの構成要素としてとらえる。

高度に発達したハードウェア、ユーザー双方をシステムの構成要素としてとらえる。

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たとえば、柔らかな陽射しが降り注ぐうららかな午後、学食で満たされたお腹を抱えて授業に臨む。あなたは睡魔との闘いを覚悟するかもしれない。しかし、高橋教授の講義であれば、そんな心配は無用だ。

コンビニエンスストアにあるコーヒーマシンの使い勝手、自動翻訳デバイスの有用性、ファストファッションブランドのRFIDタグの利便性、機械学習が機能しているベーカリーショップの画像認識レジ…等々、身近な事象を読み解き、課題を抽出し、考察し、研究へとつなげていく。知的好奇心の覚醒を促すレクチャーは、寝ぼけ眼をぱっちりと開かせる力がある。

『工学』とは、社会の安全や利便性、快適性の向上に資するもの、あるいは公共の健康・福祉のために有用な事物を研究・開発する取り組み(学問)である。高橋教授は語る、「これまで工学、ならびに工学研究者は自らの使命と責務をしっかりと果たしてきましたが、開発の最前線では、ハードウェアの性能を重視するという傾向がありました。いわゆるスペック競争ですね。しかし、前言の通り、使い手は時にミスをします。ですからハードウェアとユーザーの両方を構成要素とするシステムとしてとらえていこうというのが、私の研究の骨子です」。

“人間と機械との共生”という観点からみて、今後、多様な課題や問題点が出てくるのではないかと高橋教授が懸念するのがクルマの自動運転技術だ。「このテーマを考えていく上では、まずAI(artificial intelligence:人工知能)とAI技術を分けてとらえる必要があります。前者は人間の脳の仕組みを理解し、知能が実現される原理を数学的に明らかにして工学的に実現することを目指しています。他方、AI技術は、脳の働きの解明に先んじて、工学的に人間の知能を模倣する仕組みをつくるものです。目覚ましい発展を遂げているAI技術の多くは、ビッグデータと機械学習の組み合わせが奏功しています」。

話を戻そう。クルマの自動運転技術には、コンピュータが全く関与しないレベル0から完全運転自動化(システムからの要請等に対する応答が不要)のレベル5まである(SAE Internationalの定義)。現在実用化されているのはレベル2までの「部分運転自動化」で、レベル3(条件付き運転自動化)以上は、現時点で(2019年10月)世界のどの国でも一般公道走行を認めてはいない。

「クルマの運転をする方はよくご存知だと思いますが、走行環境は常に変化します。レベル5以下では、支援システムが対応困難な状況に陥った場合(西日の逆光や降雪などで標識・信号が見えない等)、運転を引き受けてほしいとテイクオーバー・リクエストが出されます。トライバーは自動運転に頼り、リラックスしていたところ、急に手動運転を担う必要に迫られるのです」。システムへの過信や自身の慢心が、誤操作などにつながらないだろうか。高橋教授の話は続く。

高橋 信 教授

進化したテクノロジーが紡ぐ物語。それはもはやフィクションではない。

進化したテクノロジーが紡ぐ物語。それはもはやフィクションではない。

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「周辺確認と制御を含めた運転の責任を、人間とシステムでやりとりをするにあたっては、AIが人間側の対応能力を推定、パフォーマンスを評価して、適切な機能配分をしていくことが重要です」と高橋教授。それには身体への違和感や負担なく、運転者がどんな状態・コンディションであるかをモニタリングする要素技術が必須だ。高橋研究室では心拍数の継続的な監視や視覚系指標の実時間計測を試みている。

そのひとつがアイウェアメーカーと共同で開発したメガネ型ウェアラブルデバイス(JINS MEME ES)である。「脳の働きを測るには大掛かりな装置を要しますが、この複数のセンサを搭載したメガネは、頭部と眼球の動きから脳の状態を推測します。まばたきや視線移動、姿勢の変化などから集中、あるいは眠気の可能性を察知できます」。独自のアルゴリズムで解析した生体情報をAIにフィードバックすることで、権限委譲の最適化を果たすことができる。

AIがもたらすのはバラ色の未来なのか、それとも人間の能力を超えて君臨する脅威なのか。高橋教授はどちらの意見にも与しない。しかし思うところはある。AI等の支援技術が発展浸透していくことによって、人間が備える優れた資質や経験知が減じはしないか…という憂慮だ。

「人間はミスと無縁ではいられない一方で、予期しない複雑な出来事が持ち上がった際に、弾力的かつ先見性のある優れた判断をすることができます。経験によって培われた暗黙知も素晴らしいものがありますね。現在のAIでは到達しえない域です」。断っておくが、高橋教授は、技術が今ほどではなかった昔が良かったなどと論ずる回顧主義者ではない。

予測できず不確実な状況の最たるは、個々人の未来ではないだろうか。高橋教授の好きな言葉は「人間万事塞翁が馬」。人生の禍福は定まりがたいことを意味している。「少しネガティブに聞こえるかもしれませんが、私は研究者になることを目標にしていたわけではないのです。尊敬できる先生に師事し、おもしろいと思える研究に没頭しているうちに、道がひらけてきました。ですから学生さんには先を読むことにこだわらずに、どんなことに直面しても柔軟に対処する、また自ら変わる勇気を持つことが大切だと伝えています」。

加速度を増すAI研究とAI技術開発。それらは今後、どんな社会の姿を描き、人間とのどんな物語を紡いでいくのだろうか。ただひとつ確かなことは、それはもはやフィクションではないということだ。

My favorite things

『GIANT TCR ADVANCED 0』

『GIANT TCR ADVANCED 0』

昨日は「第43回松島ハーフマラソン」に参加し、1時間50分で完走してきました(取材日2019年10月7日)。元々はこれといった運動習慣はなかったのですが、15年前、体力づくりのために…というか健康診断の数値に危機感を覚えて(苦笑)、ランニングを始めました。体を動かすことが性に合っていたようで、今では登山を楽しんだり、トレイルラン、自転車の各種レースに参加したりしています。ほとんどの大会には制限時間がありますから、初めてのレースでは「大丈夫かな」と少し心配になりますが、目標をクリアすることで“自分を超えてゆく”という感覚、また、ジム通いなどで負荷を高めつつ鍛えた身体が応えてくれているという達成感があります。

写真のロードバイクは3台目の相棒。天気の良い日は、トレーニングの一環として自宅からキャンパスまでの18㎞を走ってきます。川内キャンパスから青葉山までの急坂が最後の難所で、電動アシスト自転車にスイスイ追い越される屈辱を味わっています(笑)。運動・スポーツが、気分転換やストレス解消につながることは、多くの人が経験的に知るところだと思います。最近では、先進のニューロイメージング技術によって、メンタルヘルスに寄与するメカニズムが脳科学的視点から解き明かされようとしています。私個人としては、レース後に飲むビールの格別のおいしさ、その機序も解明していきたいですね(笑)。

研究キーワード
原子力工学、認知工学、安全工学、ヒューマンファクター、リスクコミュニケーション、脳科学
Design by ARATA inc.
/ Text by 高橋 美千代
/ Photographs by 池上 勇人